LIFE LOG(はいいろ妄想日記)

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アイドル楽曲を中心とした多分に妄想を含んだ音楽ブログ

【ラッパー桜井】Mr.Children『everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-』レビュー

Mr.Children『everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-』

 

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何でも“ポップ”にするミスチルの凄さ

誰もが認める国民的ロックバンド・ミスチル大先生です。

 

90年台のミスチルをちゃんと体験できていない世代の彼らに対するパブリックイメージは、「ラブソング」や「応援歌」をにこやかに歌っているようなイメージが強いかと思いますが、私は“社会的な内容をポップに表現できること”こそが、ミスチル一番の強みだと思っています。

 

 

 

社会派ミスチルの代表曲

 そんな社会派バンドとしてのミスチルの一面がシングルでもっとも表現されているのがこの曲です。「サラリーマン」「タレント」「主婦」というどこにでもいる3人の人物が登場し、彼らの日常を包括するようにサビが繰り返されるような構成になっています。

 

 

さて、先程記載した“社会的な内容をポップに”という彼らの強みについて、2点に分けて記載していきましょう。

 

 

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『everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-』ジャケット

 

 

 絶妙な譜割り

1点目は、メロディへ歌詞の乗せ方の絶妙具合です。メロディへの歌詞の乗せ方、つまり“譜割り”と言われるものですが、桜井さんはこれが死ぬほど上手い。

 

2番Aメロ

愛する一人娘の為に
良かれと思う事はやってきた
“教育ママ”と近所に呼ばれても
結構家庭円満なこの18年間

 

こんな文章をカッコよく歌うことができるだろうか(いやできない)(反語)。でも、桜井さんはサラッとやってしまうんですね~。

 

しかも、ただキレイに乗せるだけじゃなく思わず歌いたくなるような乗せ方をするんですよ。これが2点目のポイントにも繋がるんですけど。

 

“ポップ”って曖昧な表現ですが、音楽において“ポップ”を構成する要素として「歌いやすい」「歌いたくなる」という点は重要項目だと思います。この「歌いたくなる」、つまり「歌っていて気持ちいい」という状態を作り出すために便利なのが“韻”です。

 

簡単に言えば“母音を揃える”ってことです。ラップが歌っていて気持ちいいのは、当たり前ですけど“韻”を踏んでいるからなんですね。

 

この“韻”が、2点目のミスチルの強みです。

 

 

 

ラッパーとしての桜井和寿

1番A’メロ

上京して3年 彼女にすりゃ chance
地道なダイエットの甲斐もあって
カメラの前で悩ましげなポーズ
そして ベッドじゃ社長の上に股がって

 

これも乗せにくい歌詞をメロディに乗せていますが、歌っていてめちゃめちゃ気持ちいいですよね。さてなんででしょうってことなんですが、ここで“韻”です。

 

“韻”といってもラップのような何文字も踏んでいくタイプではなく、一文字や二文字踏みをメロディの気持ちいいタイミングでポンポン使っていくというタイプのものです。

 

 

京して3年 彼にすりゃ chance>
<地道なダイエットの甲斐もあって>
メラの前(え)で悩しげなポーズ そして ベッドじゃ社長の上に股(た)がって>

 

 

赤字箇所が韻の部分です。

 

 

桜井さんも韻を踏んでいる部分では、「地道なダァァイエットのかぁぁいもあって」など強調した歌い方をしているので、気持ちよさが伝わりやすいように工夫しています。

 

 

また同時に荒々しく歌うことによりロックっぽさ、カッコよさにも繋げているのです。

 

 

 

 

天才だね。

 

 

 

攻撃性と虚無性が入り混じった歌詞

歌詞のお話に移ります。

 

 

この曲では3人の生活に触れながら、資本主義社会の歯車的な無力感、枕営業がはびこる黒い芸能界、デートクラブや援交といった未成年問題といった社会的な事柄を切り取っています。

 

 

そんな“秩序のない現代”に対しての怒りや虚しさを歌っているのです。

 

 

私がいいなと思うのは、そんな現代に対して向けられた想いの発露が「ドロップキック」や「水平チョップ」という単語であることです。

 

 

もしこれが「秩序のない現代をぶち壊す」や「秩序のない現代にFUCK」的な単語に置き換わっていたら、なんだか穏やかじゃないですよね。ここで「ドロップキック」を使うことで、なんかおちゃらけたような、肩の力が抜けたような雰囲気が出ます。

 

 

この空気感が、「こんな現代に怒ってはいるけど、まぁそれぞれの気持ちも分かるぜ…大変だよな…」的な桜井さんの本心が浮き出ている気がしていいんですよね。

 

 

 

 

だって最後の歌詞がこれですからね。

 

everybody knows everybody wants
でも No No No No 皆病んでる
必死で生きてる

 

 

 

また「プロレス用語」っていうのも、なんだか良くて。

 

 

プロレスってお互い戦っているけれどもしっかりと台本があって、そこを分かりながら観客も楽しんでいるという一種の共犯関係というか。社会においても、他者を憎んだり、けなしたりしながらも、実はお互いの立場を理解しながらジレンマの中で生きているというか。

 

 

 

 

そんな深みも持たせてるんじゃないかな~なんて思います。